各短編。

便器舐め
その日、僕は練習から戻ってファミレスで晩飯を食った。
食後にコーヒー飲みながら考えごとをしていたから
つい遅くなってしまった。
読みかけの小説も最後まで読んでしまったから。
いくらホットはお替り自由だからといって6杯は飲みすぎた。
継ぎ足しが嫌な僕の性格をよく見抜いて新しいカップで
持ってきてくれるものだから調子に乗ってつい、というやつである。
ブラックで飲んだり、
砂糖を入れたり飲み方を色々変えながら楽しんだ。
腹の中でコーヒーが波打っている。
ガソリンを入れた車はこんな感じなんだろうか、
そんなことを考えながら僕は歩いた。
何故か自転車は乗っていなかった。
歩いて帰宅することになったはいいけど、
店を出て、僕はたまらなく小便がしたくなった。
店内で散々したというのにまた、である。
たまらない尿意を抑えられない僕はその辺で立小便をしようと思った。
しかし、手ごろなその辺が見当たらない。
内股になって小刻みになりながら僕は便所を探した。
もう一度、店に入ってトイレだけ借りるというのはどうも恥ずかしく、
だけど、やっぱり戻って借りようかなんて躊躇ったりもした。
下腹に少しでも力を入れようものなら漏れてしまいそうな勢いだった。
尿道が痛い。
もう、出口まで奴はやってきている。
何とかしなければ。
この、たまらない尿意を何とかしなければ。
まるで利尿剤でも飲んだような膀胱の痛さだ。
早く何とかしなければ。
急いでこの腹にたまった小便を何とかするには
もはや部屋の反対方向の裏通りにある公園に行くしかなかった。
しかし、その公園には行きたくなかった。
公園の周りやその中も不気味なほど静まっているからだ。
夜だというのに街灯もない真っ暗な公園の便所では小便したくなかった。
公衆便所脇の木で首を吊った若いサラリーマンの話を聞いたことがあるから。
そんな噂を聞いたことがあるし我慢できないというのに
僕は行く気になれなかった。
その瞬間、2度目の峠がやってきた。
僕は少しばかりチビってしまった。
慌てて覚悟を決めて、いや、覚悟なんて決ってなかったのかもしれない、
用を足すのが何より先決だったから僕は急いで裏通りに
小走りに入った。
たった1本ずれるだけで見事なまでの静まりようだった。
1本表の通りには深夜だというのに無数のタクシーが駅に向かって
並んでいる。
まばらながら人通りもある。
気持ち悪いのをこらえて僕はベルトをはずしながら
男性用トイレに駆け込んだ。
駆け込んでボタンを下げたところで僕は出きってしまった。
あれだけ我慢したというのに僕は漏らしてしまった。
真っ暗なトイレにはボロボロなスーツを着た若い男がいた。
小便用の便器を旨そうに舐めていた。
「あそこのトイレ、便器を舐める男が出るんだって」
失禁してから思い出した。
男は僕から目を反らそうとせずに便器を舐め続けた。
眼がやる気をなさそうに笑っていた。
便器を舐めながら。
2002.11.12日記より。


ある男
ある男が高校2年の時だった。
ある男はなんてことのない男だった。
別に勉強が出来るわけではなく運動も人並みだった。
ある男は、怖い。
自分が怖いのではない。
その男自身は決して怖い風貌などではない。
日本人として平均的な体系、どこにでもいるような顔の持ち主だった。
一見大人しそうなその男は怖がっている。
物ではない、誰かでもなければ、生き物でもない。
かといって霊でもない。
ある言葉が怖い。
ある男は、ある言葉を発するのが怖い。
禍禍しい気がして発することが出来ない。
そのうち人との会話が少なくなっていった。
今となってはある男はとても無口である。
異常な程無口である。
入学したての頃、ある男は積極的に自分から喋り、仲間と吊るんで
昼休みや放課後に駄弁っていた。
決して弁が立つわけではない。
詰まらない冗談に
「つまんねぇんだよ」
よく、仲間から突っ込まれていた。
それでもある男は懲りずに喋り続けた。
しかし性格は大人しい。
大人しい順番をクラスで決めたら間違いなくその、ある男が
クラスで一番だろう。
影が薄いというのではない、でも大人しい。
ある男がケンカをしているのを誰も見たことがない。
せいぜい学食のおばちゃんに
「もう1個ちょうだいよ」
入学したての時、から揚げ定食のから揚げをせがんでいるのを見たくらいだ。
口数の少なくなったある男は放課後になるとさらに
口数が少なくなる。
少ないというよりは全く言葉を発しない。
ある日、仲間が面白がって企てた。
その日の放課後、いつも通り3人で最寄の駅に向かった。
ある男の目の前にBが100円を投げた。
「取って」
Bが云った。
ある男はそれがわざとではなくて偶然なのだと思った。
100円は高校生には大金なのである。
ましてやある男とその仲間AとBには。
バイトもしないある男は100円の重さを知っている。
100円があれば缶ジュースが買える。
「1円になくものは1円に泣く」
ある男は、ことあるごとに母親にそう云われて育てられた。
だから、誰より先にその100円を拾おうとした。
人の金であろうと真っ先にある男は拾おうとした。
しゃがんで手を差し伸べたところにAが浣腸をした。
ある男は堪えきれず遂に声を出した。
声を出したなんてものじゃない、大声で笑った。
追い越していく下校する他の生徒たちが振り返る程
ある男は腹を抱えて笑った。
それは不慮の出来事だった。
浣腸するまでがBとAの狙いだった。
しかし、その狙いは外れていた、ある男はそれくらいだったら
笑わなかっただろう。
そこからが不慮の事故なのだ。
浣腸したと同時に浣腸したAが屁をこいてしまったのだ。
何とも中途半端な屁を。
それがたまらなくつぼにはまってある男は吹き出したのだ。
かくして、BとAの作戦はAの偶然の不慮の事故によって成功したのである。
ある男は2年近くぶりに喋った。
もともと仲間と駄弁るのは好きな方だったから、
そして、あえて我慢していただけだから声を出してしまった以上、
笑ってしまった以上何も云わないわけには行かなかった。
「つまらねぇことしてんじゃねぇよデブ」 笑いながらAに向かって云った。
「おもしろくねぇんだよ、俺デブじゃねぇし」
55kgしかないAが突っ込んだ。
次の瞬間一斉に笑いが起こった。
3人で笑うのは久し振りだった。
3人はグダグダ駄弁りながら駅に着いて駅員に定期を見せながらも
まだああだこうだ云っていた。
ホームに出ると先に2番線から下りの電車がやってきた。
千葉方面のAが乗車口に立った。
Bとある男はホーム真ん中にあるベンチから手を振った。
電車が止まってAは電車に乗り込んだ。
扉が閉まる前、
「死ぬなよ」
ある男が云った。
「死ぬか、あほぅ」
皮肉っぽくAは云った。
うっかり先手を打ったある男は後悔した。
あの時笑ったことを、そしてあの時それをきっかけに話してしまったことを悔やんだ。

1年生の時、ある男はDという少年と仲良くなった。
入学してすぐにD少年とある男は打ち解けた。
好きなテレビ番組や些細なことまで趣味が合った。
当然、一緒に帰るようになった。
やはり、高校から一緒になったDの家は下りの千葉方面だった。
改札を抜けていつものようにホームで別れた。
「死ぬなよ」
ある男は云った。
そのくらいの冗談がいえるくらい2人は仲良くなっていた。
「お前もな」
扉が閉まる直前にDが云った。
翌日、Dは欠席した。
その翌日も、さらにその翌日もDは学校に来なかった。
帰宅してからある男はDの家に電話した。
「はい」
Dの妹が出た。
「D君は・・」
ある男が尋ねた。 しばらく沈黙が出来た後、彼女は母親に代わった。
「Dは3日前に死にました」
ある男は言葉を失った。
3日前、ホームで別れてから千葉駅で乗り換える時、 何者かに突き落とされたのだそうだ。
そして、やってきた電車に轢かれてしまったそうだ。
それ以来、ある男は人と話すのが怖くなった。
人と仲良くなるのが怖くなった。
Aは閉まった窓越しに張り付いて薬指を立てて電車に揺られていった。
翌日、Aは学校に来なかった。
2002.12.13日記より。


その男
その男は神経質だった。
些細なことに神経質になる男だった。
自分の事に関しては潔癖症なくらい、
こだわりを通り越して神経質だった。
神経質すぎて何かと口内炎が口の中にできてしまう体質だった。
口内炎が出来やすいのは遺伝だとその男は思っていた。
小学生の時、あまりの口内炎の酷さに校庭で遊べなくて
昼休み、窓から遊んでいるみんなを見ているのが憂鬱だった。
そして、それが彼のコンプレックスでもあった。
給食も食べれないほどの口内炎の数、そして大きさだった。
6年生にもなって昼休みに給食を片さないで机から立たせてもらえないのは
その男だけだった。
クラス替えをした5年生になったばかりの時、
「見せてくれよ」
同級生は云うけれど、その男は唇を摘むことすらできなかった。
自分で鏡でそれを見ることもできないのに人に見せることなど
できるわけがなかった。
僕は口を閉じたまま云い淀んだ。
口内炎が出来ている最中は会話もままならない。
同級生に話しかけられてもまともに答えることなんて
ほとんどできやしなかった。
そのうち誰も話しかけなくなった。
昼休みになっても誰もその男のことを遊びに誘わなくなった。
同級生はその男の口内炎のことを知らなかった。
その男もまた人に云うことはなかった。
云いたくても痛くて云うことが出来なかった。
口を利かずその男は中学生になった。
中学生になってもその男は同級生や教師と口を利こうとしなかった。
教師も授業中にその男を指すことはなかった。
指されても少年はただ黙って立っていて何も答えようとしないからだ。
本当は答えたくても痛くて答えられないのだけど、教師には
それが理解できなかった。
指されてもその男はただ、黙って立って口を開かずに、だけど何かを云い淀んでいた。
あそこは親も親だから、教師はそう思っていた。
家庭訪問で少年の自宅を訪ねた時、少年の母親もまた
一言も発することはなかった、だから
「あそこの家はちょとおかしいですね」
職員室で教師は云った。
教師はその男を1年生から受け持ってもうすぐ3年生になるというのに母親と
その男の声を聞いたことがない。
2002.12.30日記より。


画像館ニモドル。



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