こなき爺

こなき爺@
やはり勉強なんて無理なのだ。
試験勉強なんてしたところで所詮、僕の頭の中には
入るわけがないのだ。
翌日から始まる試験勉強、というよりは翌日のためだけの
一夜漬けを僕はしていた。
試験前の1週間は授業が短縮になり部活も休みだった。
その1週間のうち6日は、僕はいつも遊んでいた。
何の危機感も持たずにただ遊んでいた。
それなりに暇をもてあますことが楽しかった。
部活があると見れない夕方のドラマの再放送などを
炬燵から眺めていた。
炬燵には母がパート先の八百屋で買ってきたみかんが
山のように乗っていた。
夕方になるとやってくるトラックのパン屋が
大きな音で「雨に濡れても」を流しながら団地を1週して
僕の棟の前の公園脇に止まった。
外が暗いのに僕は居間の電気もつけず、カーテンも
閉めずに暗い部屋でテレビを眺めていた。
数年前、僕がまだ小学生だった頃、暗くなるのが早い
夕方のこの時間が僕はたまらなく嫌だった。
部活から帰って真っ暗な部屋に電気をつけるのが嫌だった。
誰もいないはずなのに誰か隠れているような気がして嫌だった。
玄関の鍵を開けてまず、全ての部屋の電気をつけないと
僕は安心できなかった。
そして、僕は風呂やトイレ押入れの中まで誰もいないことを確認しないと
安心できない臆病な子供だった。
母がパートから帰ってくるまで一人で部屋で待っているのが怖くて
炬燵の中で待っていたことがある程僕は怖がりだった。
中学生になった僕は相変わらず怖がりではあったけど、
それなりに成長したつもりだった。
だから、部屋が真っ暗でもカーテンも閉めなくても平気だった。
それは、小学生だった頃の自分に対しての強がりだったのかもしれない。
炬燵からは星が見えた。
テレビの時計は6時半を回っていた。
僕は、一度炬燵から出た。
部屋に置いてある同級生から借りた「恐怖新聞」を読みたくなったから。
真っ暗な居間を出て台所を通って左手で部屋の襖を開けた。
やはり真っ暗な部屋に電気をつけようと右手側にある壁のスイッチを探した。
足元を見ていた僕はスイッチの場所を弄った。
探り当てることのできないスイッチに苛々して顔を上げると
部屋の中で何かが動くのがわかった。
奥の机の椅子に何かが座っていた。
僕は、電気もつけずに真っ暗な部屋の奥にいる何かを
凝視した。
僕は唖然とした。
驚いたとか、怖いとかではなく言葉をなくし、ただ眺めていた。
部屋の奥にある僕の机の椅子にはこなき爺が座っていた。
ワラでできたカッパを首に巻いた、こなき爺が椅子に座って楽しそうに
回っていた。
僕は電気をつけるのをやめて襖を閉めた。
2002.11.2日記より。


こなき爺A
それは真昼間の出来事だった。
居間で僕は炬燵に入ってテレビを見ていた。
夏だろうと我が家の食卓には炬燵があった。
炬燵が我が家のテーブルだった。
昼過ぎになって起きてきた親父も炬燵に入って
「なんか、他の番組にしろよ」
僕が見ている番組にケチをつけた。
そう云って親父は眠たそうにテーブルの上のみかんを剥いていた。
「あれっ?」
剥いたみかんを口に入れようとした親父に僕が云った。
「父ちゃん、ジャージ前後ろ反対じゃない?」
僕が続けた。
「ん?」
手を止めて面倒くさそうに親父は見下ろした。
「はっはっはぁ」
一晩気づかなかった前の膨らみにやっと気づいた親父は
照れくさそうに笑って誤魔化した。
「ちょっと」
親父は僕に断りもなくリモコンを手にとってチャンネルを替えた。
「だって、つまんねぇんだもん」
昨日の飲み残しの湯飲みに口をつけながら詰まらない顔して親父は云った。
「おい篤史、コーヒー入れてくれよ」
いつもの親父の横着癖が始まった。
「やだよ、自分で入れろよ」
決って僕が断る。しかし、
「篤史が入れたコーヒー旨いんだよなぁ」
わざとらしい独り言が始まった。
それも親父のいつもの手だった。
「篤史が入れたコーヒーが飲みてぇなぁ」
入れるまでしつこく親父は食い下がる。
「じゃんけんにしようよ」
入れたくない僕もしつこく食い下がった。
「父ちゃん上手く入れられないもん」
いい歳して親父は駄々をこねた。
「しょうがねぇなぁ」
誰が入れたって同じに決ってる、インスタントなのだから。
結局、毎度のこと僕が根負けして親父の飲む
コーヒーを入れることになった。
台所からマグカップを持ってきてコーヒーを入れて
ポットに手をかけると
「だめだめ、温いから」
仕方なく僕は台所に行ってヤカンに水を入れてガス台の火をつけた。
もう一度、炬燵に戻って湯が沸くのを待った。
外に一度出た僕の体はすぐに冷えて慌てて炬燵に戻った。
親父は何もなかったのような顔をして勝手にチャンネルを勝手に替えた
テレビを勝ち誇って眺めていた。
炬燵布団に包まって暖まる前に、
先程まで我慢していた尿意がたまらない強さで襲ってきた。
湯が沸くまで我慢していたかったけどそうも行かない、
尿意がもはやのっぴきならないのだ。
僕の首筋に鳥肌が立った。
「おいおい、トイレに行ってこいよ」
小刻みに震える僕を見て親父が云った。
仕方なく僕はトイレに立った。
首をすくめて爪先立ちで小刻みに急いだ。
洗面所に着くと、あまりの小便したさに僕はニヤけた。
やっと小便ができるからだ。
急いでトイレのドアを開けると、
こなき爺が便座に座って煙草を吸いながら、うんこをしていた。
「ふぅ」
こなき爺はため息交じりの煙を口から吐いた。
僕の首は小刻みに、そして左右に震えていた。
ただ小便がしたくて。
2002.11.7日記より。


こなき爺B
その日、僕は疲れていた。
原稿書いたり練習したりで忙しい日が続いていた。
朝走ったり深夜走ったりで忙しい毎日を送っていた。
寝たりた毎日が寝不足だった。
どれだけ寝ても毎日が寝不足だった。
時間なんて関係ない日を送っていた。
眠くなったら昼間だろうと寝て、
走りたくなったら深夜だろうと走った。
その日もそうだった。
11時前に帰宅して一杯だけ水を飲んで
着替えてから僕は外に出た。
それから、準備体操をして一度硬くなった体をもう一度ゆっくり
起こしながら走り始めた。
ゆっくりゆっくり走った。
白い息を弾ませてゆっくりと時間をかけて走った。
1時間程走った。
部屋まであと信号2つ渡れば目の前は部屋だった。部屋までの残り時間を逆算した時、
1つ目の信号が点滅した。
ほとんど走り終えているから無理して渡ろうとせずに
僕は足を止めた。
深夜は車が無茶して突っ込んでくるからだ。
信号無視した車に当たりそうになったことも1度や2度ではない。
信号待ちする僕の肩から湯気が滲み出ていた。
被ったニット帽をずらすと湯気があふれ出て、上っていった。
もう、信号をあと2つ渡れば走り終えるというのに、
僕は小刻みに足踏みしながら信号が替わるのを急かした。
信号が替わると同時に僕は走り出した。
吐く息と同時に体から漏れる湯気も後ろに流れた。
徐々にスピードを落として呼吸を整えながら
腕時計のストップウォッチを止めた。
54分33秒53を表示して腕時計は光っていた。
そこから50メートルほど歩いて僕はポケットの中から鍵を出して
部屋に入った。
部屋を出る前に暖めておいた風呂に僕は体重を量る前に
直行した。
体を冷やす前に汗を流さないと風邪を引きやすいから。
脱衣所で急いで減量着を脱いだ。
脱いでも脱いでも全裸にならない。
厚着している全てを脱いで、それを洗濯機に投げ入れて
僕は、風呂の扉を勢いよく開けた。
しかし、すぐに風呂に入ることはなかった。
僕は固まった。
固まったまま、入り口で立ち止まっていた。
風呂場の窓の淵でナメクジが這っていた。
何故か僕の部屋の風呂はよくナメクジが発生する。
窓を閉めたままでも風呂場を這っている。
しかし、その時はナメクジではなくてカタツムリだった。
カタツムリが風呂場の窓の淵を這っていた。
殻がついている分、少しは安心して僕はそのまま風呂に入った。
湯船に桶を入れてお湯をかぶった。
少し温かったものの、その温度は走り終えた後の
汗を流すのには丁度よかった。
気持ちよくお湯をかぶってから僕はシャンプーを頭につけて
擦り、泡立てた。
眼にシャンプーが少し入って僕は顔をしかめつつ
左目を閉じた。
「ひょーほっ、ほっおぉ」
息を吐くような小さな声が聞こえた。左側にあるタオルを手に取ろうと窓側に泡の入った眼をやると
先程、僕が見たのはカタツムリではないことに気がついた。
窓の淵に這っているのはやっぱりナメクジだった。
ナメクジに小さいこなき爺が楽しそうにまたがっていた。
こなき爺は笑顔でナメクジにつけた手綱を握り締めていた。
2002.11.27日記より。


こなき爺C
僕はその日も疲れていた。
もう、自分が眠いのか、
ただ疲れているだけなのかわからなくなっていた。
それが夢なのか現実なのかわからなくなっていた。
帰りの電車の車内にいる乗客の全てが駅員に 見える程、僕は疲れていた。
乗り換える前に駅で買ったのが缶コーヒーだったのか、
それともミルクティーだったのかわからないほど
僕の頭は疲れて眠たがっていた。
夢か現実かも判断できないなんて、 まるで耄碌したみたいだ。
そんなことすらどうでもいい僕は、流れる夜景を車内から見ていた。
ロイホのオニオングラタンスープが飲みてぇなぁ、
なんて考えながらただ広げているだけの
頭に入っていない手元の本を1駅前で閉じた。
駅について改札に定期を潜らせ、戻ってくる定期を
取り損ねて一度振り返って取って汗を吸って重くなった
スポーツバッグを、肩を上げて若干景色を傾けて自転車まで歩いた。
自転車の鍵をはずして僕はまたがってペダルではなく
地面を蹴って前に出る弾みをつけた。
順番待ちしている、信号待ちしているタクシーたちを通り過ぎて
目をしょぼつかせながらロイヤルホストを目指した。
険しいクラクションが鳴り響いた。
怒りのクラクションの矛先は僕だった。
僕は眠たさのあまり、空腹のあまり赤信号に気づかずに横断歩道を渡ったようだった。
振り返るとこれまたタクシーだった。
ちょび髭の運転手は僕を睨んでいた。
それに答えずに僕は前を向いて再び自転車を走らせた。
ロイヤルホスト目の前の信号が赤になって僕は止まった。
オニオングラタンスープが早く飲みたい僕は苛々していた。
「久しぶりだなぁ」
高校時代の教師が僕に声をかけた。
僕はそれどころではなかった。
眠たいし腹も減っていた。
「あぁ、どうも」
そっけない会釈だけをして僕は青に変わりたての信号を渡った。
店に入って僕は店員が尋ねる前に顔の前で1を作って、
それから掌で顔を仰ぐ真似をした。
一人で禁煙といういつも通りの仕種をした。
そして、メニューを持った店員に案内された席に着く前に
「オニオングラタンスープとホット」
僕はせきたてるように云った。
席についてから僕は、座席脇に置いたスポーツバッグからノートを取り出して
練習の内容などを記入し始めた。
全て記入し終わって
「あぁー」
座席の後ろに仰け反った。
座席後ろの通路を通ったおばちゃんが僕を不快感たっぷりに見た。
それとすれ違うように通ったお盆を持ったウエイトレスはそれを堪えずに笑っていた。
手持ち無沙汰の僕は退屈しのぎに首のストレッチを始めた。
右手で首を押さえてゆっくりと右側に引っ張って首を倒した。
あまりの気持ちよさに僕は思わず溜息のような声を出しながら息を吐いた。
僕の暇つぶしが終わるタイミングをコーヒーを持ったまま今か今かと
待っていたウエイターが一拍おいてから
「ホットコーヒーです」
コーヒーを僕の目の前に置いた。
砂糖だけ少し入れてから僕はコーヒーに両手を合わせた。
コーヒーを2口飲んだ頃、
「お待たせしました」
待ち焦がれたオニオングラタンスープが僕の目の前にやってきた。
蓋を開けて少しだけスプーンですくってゆっくりと口に運んだ。
「ぁっ」
熱くて遠慮しながらも僕は、思わず声を発してしまった。
熱くて口内炎に沁みたのだ。 僕はテーブルに置かれた普段は口にしないコップに入った水を
半分ほど一気に飲んだ。
それでもまだ口が微妙に痛い僕は、食べるのを一度やめて
トイレに向かった。
少しくらい置いておいたほうがオニグラも冷めるだろう、
そう思った。
「あちゃー」
トイレの鏡に映った僕の上唇の先は見事に皮が剥けている。
犬歯前にある口内炎がただでさえ厄介なのに、そう思うと
正真正銘のたっぷりの溜息がゆっくりと口から漏れた。
とりあえず、荷物がそのままなので僕は席に戻ることにした。
バッグの中には原稿も入っているからだ。
ゆっくりと何もなかったかのように席に戻って食べようと
スプーンを手に取ると、
ない。
ないのだ。
一口しか口につけてないオニオングラタンスープが
これっぽちもないのだ。
「いらっしゃいませ」
店員の声がした。
僕は、何気に新しく入ってきた客を見た。
すれ違いにこなき爺が出て行こうとしているのが見えた。
「おい!」
扉に手をかけたこなき爺が僕の呼び止めに振り返った。
こなき爺の唇が真っ赤に腫れていた。
僕のオニオングラタンスープを食べた犯人がわかった。
「てめぇ!」
店内にも関わらず僕は大きな声を出してしまった。
扉の外で驚いたこなき爺が前のめりに転んだ。
僕は、ガラス越しにこなき爺の金玉を見てしまった。
2002.12.8日記より。


こなき爺D
その日、僕は疲れていた。
その日も僕は疲れていた。
疲労は体の中で内出血のように濁り、
そして溜まっていた。
その日はとても寒い日だった。 12月中の積雪は15年ぶりだとテレビでは云っている。
僕は車内の暖房では足りずに首をすくめていた。
手を出すのも寒くて嫌なのだけど、車内のこの退屈な時間は
本を読んで過ごすのが練習後の僕の一番の暇つぶしだった。
練習後のこの時間は何気に好きな時間でもあった。
ただ、今のこの時期は寒いけど。
寒いのが苦手な僕は好き嫌い半々の気分である。
停車した電車がまた走り出した。
僕は本を読むのに夢中になっていて駅名を確認するのを忘れた。
いざ、忘れると残りの駅があといくつあるのか
気になって仕方なくなった。
扉の上にある駅の表を見ようと何気に視線を上げると
僕は言葉を失った。 呆れながらもため息が出ずに思わず鼻で笑ってしまった。
僕の向かい側の網棚にこなき爺が窮屈そうに寝ていた。
仰向けに寝ていた。
そして、両手を腹の上で組んで大人しく寝ていた。
こなき爺の全身に鳥肌が立っていた。
僕はバッグの中から読み終えた東スポを取り出して
こなき爺の上に掛けた。
「ウェルカム」
こなき爺が小声で云った。
何がようこそなのか僕にはわからなかった。
2002.12.20日記より。


画像館ニモドル。



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