のりただ君

のりただ君@
その日、夜中まで僕は勉強していた。
長いこと勉強していた。
珍しく勉強していた。
自分にしては勉強したほうだと思う。
親指を軸に中指でシャープペンを回したりして
時間は確かに無駄にした部分はあるけれど
勉強したほうだと思う。
ノートの端に描いたパラパラ漫画もご愛嬌といったところだ。
そんな僕の手癖の悪さは今に始まったことではない。
授業中、いつも僕は教科書の端にパラパラ漫画を描いている。
教師の話なんて聞く気が全くといってない僕は、
いつも何か遊ぶ方法を考えている。
教室の時計の長針が数字に被さる5分おきに
缶ペンケースを机から落としたり、
したくもないくしゃみをして教師の話を遮って暇を紛らわしていた。
することがなくなると、窓際の席から見得る校庭のよそのクラスの
体育の授業を眺めていたりして暇をもてあましていた。
僕は遠くに見える校庭の端にある転がった仕舞い忘れたサッカーボールを
眺めて誰のものか考えていた。
白いボールは誰のものか考えた。
今にもドブに落ちそうなボールは白と赤のタンゴだった。
見覚えのある風が吹いたらドブに落ちそうなそのボールを
誰の持ち主か考えていた。
教師は理科の実験の手順を説明していた。
僕には実験なんかより今を眺めることのほうが
大事だった。
ボールがゆっくりと転がってドブに落ちた。
「あっ」
思わず声に出してしまった。
慌てて教壇を見ると教師が呆れたように僕を睨んでいた。
下を向いて首を傾げながら僕を手招きしている。
僕は一番後ろの窓際の自分の席を立って教壇に行くと、
「お前って奴は、どうしていつもいつも」
チョークの粉がついた教科書で僕の頭をはたいた。
教室で失笑が起こった。
僕は頭を掻きながら席に戻った。
再び外を見ると、知らない子供が校庭端の街路樹に
よじ登って上から小便をしていた。
校庭にいる教師は慌てて下から叫ぶだけだった。
僕はそれを見て笑っていた。
「たてしまぁ」
ゆっくりと声のトーンを落としながら呆れた口調で教師は云った。
でも、僕はその少年を僕は知っていた。
のりただ君だった。
のりただ君を初めて見たのは小学校入学してまもなくの頃だった。
その日、辺りは暗くなってから僕はお使いを頼まれた。
6時ごろだったろうか。
僕は母の吸う煙草を買いにパン屋にお使いに行ったついでに
隣にある駄菓子屋でお駄賃の30円でどの菓子を買おうか考えていた。
迷った挙句、僕は30円の卵アイスを買った。
水風船にバニラが入ったアイスが僕のお気に入りだった。
風船の先を歯でちぎって穴を開けてバニラを少しずつ吸うのだけど
間違って大きく、少しでも大きくちぎってしまうと風船が破れて
アイスが剥き出しになってしまう。
だから食べ方が難しい。
手がバニラだらけになったことも1度や2度ではない。
僕は慎重に先を食いちぎりアイスを吸った時、
名前の知らない少年が駄菓子屋の入り口で卵アイスを吸っている
僕の前を通り過ぎた。
それは忘れられない出来事となった。
僕と変わらないその少年は何故か全裸で、上を向いて泣きながら歩いていた。
卵アイス片手に僕は黙って少年が通り過ぎるのを見送った。
声もかけることもできずに見ていた。
驚きより疑問を抱えて僕は見ていた。
恐怖よりも疑問の方が先だった。
何故、少年は血だらけだったのだろう。
少年は血だらけだった。
そして、少年の手には包丁が握られていた。
少年は何故泣いているのか。
少年はどこに行ってきたのか。
そして、少年はどこでその包丁を手に入れたのか。
その血は誰のものなのか。
包丁からついた血が垂れた。
僕は窓からのりただ君を見て数年前の入学したての頃の
ことを思い出していた。
よじ登った木から小便を垂れるのりただ君を見て
あの時のことを思い出していた。
思い出して僕が笑うのをやめた時、
校庭の隅で木に登ったのりただ君は僕を見て笑った。
「たてしまくんよぉ」
呆れた教師が僕を呼んだ。
一度、教壇を見てもう一度校庭を見るとのりただ君は消えていた。
そういえば、僕は何故、のりただ君の名前を知っているのだろう。
それだけが思い出せないでいた。
2002.10.23日記より。


のりただ君A
時計の針は、夜中2時を回っていた。
明日からの春休み前の期末試験に向けての一夜漬けを終えて
寝ようとしたところだった。
3年生が卒業を控えて学校に来なくなって僕ら2年生が最年長になった。
3年が高校に進学してしまえば楽になる、想像するだけで楽しかった。
「こんちわ、じゃねぇだろ」
ちゃんと挨拶したにも関わらず、
「に」が足りないと擦れ違いざまに
肛門をつま先でトーキックされることも、
もうないと思うと愉快だった。
好きではない試験勉強も心なしか頑張ることができた。
寝る前に、僕は小便をしにトイレに行った。
トイレから部屋に帰ると、
「よぉ」
のりただ君が右手をだるそうに上げて云った。
のりただ君が僕の机の椅子に座っていた。
どうやってここに入ったのだ?
僕の視線と一緒に気持ちが泳いだ。
玄関は鍵がかかっているし、何よりここは5階なのだ。
「どうやって入ってきたんだよ」
自信なさげに僕が云った。
「ここ」
弱い声でのりただ君は本棚の隙間を指差した。
「何わけのわからないこと云ってんだよ」
いつもは僕が教師にされている呆れた口調で云った。
床を見てのりただ君は笑っていた。
畳の線を見ているかのように、だけど視線は定まらずに
ただ笑っていた。
僕はつい先日、授業中に校庭で小便をする
のりただ君を見たことを思い出した。
「何しに来たんだよ」
そう云いながら、僕は何故、のりただ君の名前を知ったのか
を考えていた。
あの後、授業中にも考えたけど思い浮かばなかった。
何故、のりただ君はあの時血まみれで、血まみれの包丁を
持っていたのだろう、そのことが頭をよぎった。
しかし、そのことは聞くことができなかった。
のりただ君は僕の机の椅子に座って泥のついた穴の開いた靴下を
自分の足で脱ごうとしていた。
僕は何か忘れている気がしてならなかった。
のりただ君は足で見事靴下を脱いで見せた。
それを、足の指で挟んで、だけど僕と目を合わそうとしないで
「ほれ」
脱いだ靴下を僕に見せた。
ヘドロのような臭いがした。
云えない僕は、しかめた顔で臭いと云った。
「帰ってくれよ」
力弱く僕が云った。
「どうしようかな」
僕をもて遊ぶようにのりただ君は云った。
「ヴェッ」
のりただ君が何か詰まったゲップをした。
畳に小さな水溜りができた。
「かんべんしてよ」
ティッシュで拭こうとしたらのりただ君は消えていた。
吹いたティッシュは塩臭かった。
その時、僕は全てを思い出した。
昔、団地に引っ越してきた3歳の時のことやその当時のこと。
近所の小学校がまだ、プレハブだった頃、学校の周りがまだ畑だった頃、
僕は名前も知らないのりただ君とよく遊んでいた。
のりただ、という名前も実は本当かどうかわからない。
ひらがなで薄くなった油性ペンで彼が着ていた黄ばんだランニングに
書いてあったから姉の影響で早くからひらがなが読めた僕は
気がついたら、のりただ君、そう呼んでいた。
のりただ君が同じ幼稚園だったこと、親父がアル中だったこと、
両親と離婚して親父と弟と3人暮らしだったことを
気持ち悪いくらい鮮明に思い出した。
そして、3年生の時にのりただ君が死んでいたことも。
小学3年の夏、のりただ君は海で死んだことを何故か僕は忘れていた。
夏休み前、その時の担任に
「新聞を読みなさい」
そう云われて新聞を開いたらのりただ君が水死したという
記事を見つけたのを思い出した。
酔っ払った親父が砂浜で寝ている時にゴムボートで沖に出て
のりただ君は帰らぬ人となった。
のりただ君の脱いで置いていった穴の開いた靴下は
ゴムボートの切れ端だった。
2002.10.24日記より。


のりただ君B
ピーン!
また鳴った。
無意識のうちに何かをしていると毎晩必ず聞こえる。
ピーン!
そして、忘れた頃に必ず鳴る。
何を訴えているのだろうか。
この僕に。
玄関を開けて一番突き当たりの奥の部屋が僕の部屋だった。
ふすま一枚で仕切られた四畳半が僕の部屋だった。
その四畳半の僕の部屋は、和室で正方形の形をしていた。
小学校に上がるとその四畳半は母の部屋から僕の部屋になった。
気がついたときにはすでに鳴っていた。
いつからか不思議に思わなくなって僕は当たり前のようにしていた。
どこの家でも、どこの部屋でもそのようなことは起こりうる事だと
思っていた。
あえて、ではなく普通にそう思っていた。
何の不思議もなかった。
微塵も思わなかった。
障子が張られた出窓は晴れた時は、朝、富士山がきれいに見えた。
窓を開けて左にある森の上にきれいに見えた。
特に雨上がりの朝はきれいに見えた。
昼間はなんてことのない団地だった。
電車に乗って通勤するわけではない子供の僕には何の問題はなかった。
それに気づくまでは。
中学を卒業してタイから帰ってきて僕は日本でデビューした。
何試合かしてよそのジムの選手と友達になった。
歳も近かったこともあってすぐに僕たちは仲良くなった。
戦う必要のない違う階級の彼は僕の家にも遊びに来るようになった。
怖い話が大好きな僕は霊感の強い彼の実話を聞いていつも
怖がっていた。
自分に霊感などなくてよかったと人の身に起こった実話を聞きながら
他人事のように思っていた。
その彼が僕の家に泊まりに来た。
駅まで迎えに行った帰りにコンビニで買い物をして
部屋に入った。
狭い四畳半で2人テレビの深夜番組を見ながら菓子を食っていた。
雑談をしていると、
ピーン!
いつものようにテレビの上でハープの絃が弾けたような高い音が鳴った。
別に聞こえない振りをしていたわけではなくやり過ごした。
僕にとっては別に珍しいことではなかったから。
その音は部屋の角のテレビの上の空中で必ず聞こえる。
「馬鹿じゃねぇの、こいつ」
深夜のバラエティ番組を見ながらつまんだポテトチップスを
口に入れながらテレビに映ったタレントに僕が云った。
「今、聞こえました?」
初めての彼が云った。
「あ?いつものことだから」
聞こえてはいたけれど無関心に僕は云った。
「これ、ラップ音じゃないすか?」
ラップ音を着たことがある彼が云った。
彼の云っていることはわかるけど、何も身に起こらない
からなんとも思わなかった。
その時までは。
次の日、駅前で遊んで彼は電車に乗って自分の家に帰った。
高校にいってない僕は昼間は自由だった。
彼は学校をサボって僕と一緒に遊んだ。
母親が朝早い為、我が家の夜は早かった。
8時には居間は暗くなる。
練習を終えて僕が帰ってくる10時頃には完全に消灯しているのである。
居間のテーブルにおいてある僕の晩飯を持って僕は自分の部屋に
場所を移してテレビをつけた。
人からもらった壊れかけのテレビは映りが悪く、
ダイヤル式のチャンネルだった。
摘むのが面倒くさい僕は足の指で摘んでチャンネルを替えようとしたその時、
ピーン!
音が弾けた。
昨日のことがあったから僕は、内心穏やかではなかった。
立ち上がって部屋を見渡して何もないことを確認すると手で見たい番組にチャンネル

替えて敷きっぱなしの布団に座った。
冷や飯を盛った丼に豚肉とピーマンを塩胡椒で炒めた豚ピーを
丼に乗っけて掻き込んだ。
口一杯に頬張って噛みながら混ぜ合わせるのが僕は大好きで
それが一番旨い食べ方だと信じて疑わない僕は3対7の割合で、
まず豚ピーを口に入れてそれから飯を口の中に放り込んだ。
当然、豚ピーが3で飯が7である。
おかずがなくなってしまうとお替りができなくなってしまうし、
その食い方が一番旨いと信じ込んでいたから。
腹一杯にしたいが為に、そう思い込んで食っていたのかもしれない。
自分に対する言い訳というか、自分をそんなに卑しい奴だと
思いたくないからそれを疑わなかったのかもしれない。
いつも丼2杯が僕の責任量だった。
体を作る為と自ら進んで、時には義務的に腹を満たしていた。
1杯目がそろそろなくなりかけるという時に
ピーン!
また弾けた。
僕はそれを見ようとしないで部屋を出てお替りをしに台所にいった。
残り少ない豚ピーで全てを平らげるのに不安を感じた僕は
冷蔵庫から生卵と棚から醤油も持って部屋に戻った。
左手には丼、右手には生卵と醤油を抱えていた。
飯を醤油をこぼさないように、生卵は割らないようにゆっくりと
下に降ろした。
生卵を直接丼の上に落とすと同時に
ピーン!
また鳴った。
僕は無視して残り少ない豚ピーと生卵を箸を立て冷や飯に
混ぜ合わせた。
全て混ぜ合わせ醤油を垂らそうとした時、
コツーン。
窓ガラスを小石でも投げつけたかのような音がした。
僕は障子を開け窓を開けた。
見下ろすフェンスに腰掛けてのりただ君が手を振っていた。
僕は無視をして窓の鍵を閉め、障子を閉めた。
コツーン。
僕は2杯目の飯を食いたいのにしつこく石は窓を弾いた。
障子すら開けることなく僕は無視して卵かけ御飯を
掻き込み始めると
コンコン
指先で窓をノックする音が聞こえた。
無視して食べ続けると、
ドンドン!
握った手で激しく叩く音がした。
びっくりして顔を上げると障子にはのりただ君の影が
写っていた。
どうしていいのかわからない僕は手の平で目を覆った。
なかなか開けない僕に腹を立ててのりただ君の影が
窓に向けて拳を振り上げた。
慌てて僕は障子を開けた。
左手に包丁を握り締めたのりただ君が窓の外に立っていた、
いや、5階にある僕の部屋を覗くように浮いていた。
のりただ君は泣いていた。
頭から血を流しながら。
血だらけの包丁を握り締めて。
どうしようか迷った挙句、僕は窓を開けた。
空中を歩いて窓からのりただ君は僕の部屋に入ってきた。
血だらけののりただ君は全裸だった。
明け方前にハープが弾けたと同時にのりただ君は帰っていった。
どこに帰ったかなんて僕は知らない。
明け方までのりただ君は出窓に腰掛けて泣いていた。
全裸で。
血だらけで。
包丁を握り締めたままのりただ君は天を仰いで号泣していた。
丼近くに垂れた包丁から滴り落ちた血をティッシュで拭うと生暖かかった。
丼の中の卵が黄色く固まっていた。
2002.10.28日記より。


のりただ君C
忘れた時にのりただ君は僕の部屋にやってくる。
ハープが弾けた音と共に。
僕の部屋の角の空中で音が弾けるとのりただ君はやってくる。
何故、僕の部屋なのか、それがわからない。
仲がよかった訳でもないし、たいした記憶もない、
それに僕には霊感だってなかったのだから。
僕には目的がわからない。
別にのりただ君のことが怖いわけではない。
何故か怖さはない、それが不気味な容姿で
あっても僕は意外と冷静でいる。
始めは怖かったのかもしれない。
でも、今となっては怖さはない。
いきなりやってくるから驚きはするけれど。
彼がやってくるのは夜が多いけどあまり時間は関係ないようだった。
僕以外に姿を見られなければそれでいいようだった。
夕方、帰宅してドアの鍵を開けると
背中を向けて玄関に立っていた時は確かに怖かったけど。
あの時、何故、のりただ君は全裸だったのだろう。
そして、何故血だらけだったのだろう。
何故、包丁を握り締めていたのだろう。
僕のところにもたまにやってくる6歳の時に見たままの姿の
理由は、裸の理由は、血の理由は、
包丁の理由は一体何なのだろう。
のりただ君は、たまにやって来て僕の知らない共通点のない昔話をして
明け方帰って行く。
小学3年生の時で彼の記憶、成長は止まっているから
のりただ君にとっての昔話は凄い昔の話ばかりだった。
僕がまだ団地に引っ越してきたばかりのこと、
学校脇がまだ畑だった時、その畑で遊んだことなどを
懐かしそうに、嬉しそうに僕に話す。
僕は、その畑がもう駐車場になったことが云えなかった。
僕はもう20になっていた。
20歳になっても僕は高校生だった。
もう、ダブりたくない僕は、出席日数を稼ぎたい僕は、
夏休み、アパートを借りた。
学校に自転車で15分ほどのアパートを借りた。
敷金礼金なしの4畳半の1ルームを借りた。
親父の乗用車で引越しをした。
小物などはトランクに、布団やテレビなどは後部座席に乗っけて
部屋まで運んだ。
自分だけの鍵を持って嬉しかったというのも確かにある。
新しく借りたその部屋にはハープは弾けない、
引っ越してしまえばもう、のりただ君はやってこない、
僕にはそれが一番嬉しかった。
7月30日、真夏の糞暑い日中に引越しをした。
景色が歪んで見えるほどの陽炎の中を親父は車を走らせて
僕の引越しを手伝った。
一通り部屋に荷物を運んで、親父が部屋でくつろいでいる間に
僕は100m先の酒屋の自動販売機で缶コーヒーを買いに行った。
缶コーヒーで僕らは一息ついて、少しすると
「じゃあな」
親父は家に帰って行った。
疲れた僕は冷房をつけっぱなしにして横になった。
敷金礼金なしというだけでなく、
冷暖房、冷蔵庫完備というのが金のない僕のこのアパートを決めた
唯一にして最大の理由だった。
洗濯機なんて手で洗えばいいし、冷暖房と冷蔵庫がついている分
さらに安く済むから。
冷房をつけっぱなしにして僕は何も敷いてないフローリングに
頬ずりをするようにうつ伏せに寝た。
ふと、気がついた。
夢なのかそれとも現実なのか、
僕の体が重い。
それに暑い。
冷房をつけっぱなしにしていたはずなのに暑い。
どうやら僕は金縛りにあっているようだった。
眼だけを動かしてエアコンを見ると電源が着いているのに止まっていた。
外はまだ明るいというのに僕はうつ伏せから動くことができなかった。
フローリングに僕の汗の水溜りができていた。
指も動かすことができない。
動かすことができないというよりは力が入らない。
力が入らないというよりは力の入れ方がわからない。
肩から感覚がなくなっていた。
背中が重く、足に力を入れようとすると、ふくらはぎが吊った。
生まれて初めての金縛りだった。
気持ちはうろたえながらも頭はどこか冷静だった。
重く沈んだ空気の中、誰かの気配がしないでもない。
恐る恐る僕は視線を背中にずらした。
すると、血だらけの、のりただ君が僕の背中にまたがって
僕を見下ろして睨んでいた。
のりただ君は包丁を振りかぶった。
泣きながら。
2002.11.15日記より。


のりただ君D
のりただ君は振り下ろした。
金縛りになった僕の背中に跨った血だらけの6歳の、
のりただ君は頭上に振りかぶったやはり血だらけの
包丁を振り下ろした。
僕は慌てて目を閉じた。
包丁は僕の咽を掠めてフローリングに刺さった。
赤い血が床に広がった。
糞熱い真夏の締め切った部屋の中、僕は自分の体温が
こんなに暖かいということを知った。
真っ赤なフローリングの上に横たわったまま僕の意識は
遠くなっていった。
気がついたのは翌朝だった。
床は乾いて小豆色になっていた。
白かったTシャツはえんじ色に変色したまま、乾いて硬くなっていた。
僕は急いでTシャツを脱いで洗面所に水を張って投げ入れた。
僕は、ふと我に返った。
この血の原因をもう一度頭の中で、など考えるまでもなく昨日のことが
頭に浮かんだ。
思い出したように咽にっ触ってみたけれど傷などどこにもなかった。
しかし、この大量の血が自分のものだということは僕にはわかった。
何故か乾いて干からびている血にどこか見覚えがあって、愛着のようなものを感じて
それが間違いなく自分の血だということが僕には感じ取れた。
僕は流しで雑巾を少し多めに濡らして床を拭いた。
面白いように血は落ちた。
乾いた血は落ちにくいはずなのに気持ち悪いくらい気持ちよく簡単に落ちた。
しかし、雑巾には血がつかなかった。
床はきれいになるのに血がつくことはなかった。
ユニットバスにある洗面所の流しの中を覗くとTシャツが白くなっていた。
やはり、水は汚れていなかった。
何日か過ごした。
夕方になると練習に出かけ夜、少し遅い時間に帰宅していつものように
炊飯器のスイッチを入れてからシャワーを浴びた。
卵掛け御飯におかずは目玉焼きを作って食べた。
それから、シャワーを浴びた時に風呂場で洗った洗濯物を干してから
僕は、せっかく夏だからとバケツの中に水を張って部屋の中で線香花火をした。
何処にも行けないからせめて、そう思いながら部屋で一人、花火を試みた。
夏っぽさが味わえると思ったからだ。
始めて2本目ですでに部屋の中は煙だらけになった。
慌てて僕は窓を開けた。
「入れてよ」
のりただ君が立っていた。
僕は窓を閉めてカーテンを掛けた。
部屋の中は煙が広がっていて、つけっぱなしのテレビも
何をやっているのかわからなかった。
「いーれーて」
煙の中からのりただ君が現れた。
2002.12.18日記より。


のりただ君E
「いーれーて」 のりただ君は煙の中から笑顔で現れた。
「どこから入ったんだよ」
僕は云った。
「おれも、わかんないなぁ」
僕を馬鹿にしたようにのりただ君は云った。
部屋の角の方を眺めて、だけど、視線を泳がせて
のりただ君は云った。
口元は半笑いだった。
でも、泳いだ目は笑っていなかった。
「もう、勝手にしてよ」
相手にしたくない僕が云った。
頭を掻きながら取っ手を掴んで僕は部屋を出た。
バケツの水をトイレに流して部屋に戻ると
のりただ君は消えていた。
僕は、はしごを使ってロフトへ上がった。
ロフトに敷いてある布団の中に入った。
枕元においてある読みかけの漫画雑誌を読みながら
いつの間にか電気も消さず寝てしまった。
はしごの方を向いたまま僕は目を覚ました。
「くっくっくっ」
壁側に振り返るとのりただ君が声をこらえて笑っていた。
「よく見ろよ」
のりただ君が云った。
僕の首元には包丁が布団に突き刺さっていた。
刃は僕の首を向いていた。
気がついたら朝になっていた。
僕は着替えて外に出た。
少し歩いてからいつも通りゆっくりと走り始めた。
走れなかった。
息ができない。
「くっくっく」
後ろからのりただ君が僕の首を絞めていた。
2002.1.8日記より。


画像館ニモドル。



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